整形依存で顔面崩壊した「デッド・オア・アライヴ」のピート・バーンズの最新画像2016。子どもや、妻は?

ピート・バーンズの生い立ちと、
デッド・オア・アライブを作るまで

ドイツで生まれたという説と、イギリスで生まれたという説と2つあるのですが、イギリスの方が有力なようです^^

世は二次大戦から10年が経過する頃。

ドイツ生まれのユダヤ人のお母様と、リヴァプール出身のイギリス人兵士とお父様との間に、生まれたピート。

なんでもナチスの影響が強く、ユダヤ人に対する迫害もまだまだ残っていた時代、お母様はそこから逃れてウィーンに居た時、10歳程若いお父様と知り合ったとの事。

ピートが生まれたのはお母さんが47歳、お父さんが37歳の時。

小さな頃のピート

小さな頃のピート

慣れないイギリスでの生活で、お母様はお酒に溺れてしまうようになりますが、父は働き者ではあったものの、妻の堕落した生活は受け入れがたく、家庭の事は見放していたような状態であったといい、ピートがお母様の世話をしていたという。

14歳くらいで、学校に行かなくなり、レコード店などでバイト。

レコード店で働いている頃の珍しい写真。 典拠: twitter

レコード店で働いている頃の珍しい写真。
典拠: twitter

ロンドンの美容院で働き始めると、そこで後の妻であり、バンドメンバーのヘアスタイルから、お化粧まで担当してくれる事になる、リンと知り合い結婚する。

嫁・リン

嫁・リン

後に、ピートは
「リンと結婚した日が、人生で一番幸せな日だった。
ただ一つ式場の人が『どっちが嫁さんだ?』と下らない冗談を飛ばした事以外は!
と述べている。(マイケルと出会う前)

ピート・バーンズと嫁:リン 典拠: mirror.co.uk

ピート・バーンズと嫁:リン
典拠: mirror.co.uk

その後、ゴシック系路線のバンド『Nightmares in Wax(ナイトメアズ・イン・ワックス)』として活動を始めるも、何度かメンバーを替え、1980年にDead or Aliveを結成。

Dead or Aliveを結成してから

ナイトメア時代と同じ路線のまま活動を続けていたが、ストック・エイトキン・ウォーターマンチームのプロデュース路線にしてから、普通にヒットを飛ばすようになる。

そして彼らの存在を世界中に知らしめたのが、1984年You Spin Me Round(Like a Record)であり、世界17か国で1位を記録!

売り上げは2000万枚に上った!

なぜか日本で爆発的に売れ始めたのは、1990年代になってから。

来日公演では東京ドームが超満員。

美しいピート様のお顔!に、み~んなウットリしてましたよね^^

若き日のピート

若き日のピート

ちなみにコブタは、世代的にデッド・オア・アライブではないのですが、初めて見た時は、ピートの後ろでドラムを叩いている、超イケメン・Steve Coy(スティーブ・コイ)にウットリでした(笑)

スティーブ・コイ

スティーブ・コイ


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