宮崎謙介元議員が『しくじり先生』で語った例のイクメンゲス不倫の末路が悲惨すぎる&嫁金子恵美の内助の功がすばらしすぎる感動夫婦な件! 見逃した人に!

みなさんは、このイケメンをご存じでしょうか?

左の人じゃないよ!(笑)
右の方ね!
典拠: 元宮崎謙介議員の公式HP(現在すでに閉鎖)

 

本日は、この、元国会議員:宮崎謙介さんについてです。

見逃した方も是非どうぞ!

 

こんにちは、「にぎわす.com」です^^

 

今回の、2016年(平成28年)12月14日(金)放送のぶっちゃけ反省番組

しくじり先生 俺みたいになるな!!
2時間スペシャル
に、

00-01 タイトル

 

3年前、とある事件で大騒動になった宮崎謙介元議員と、

妻の金子恵美さんが出ておられましたね!

00-02 タイトル

 

お二人が例の騒動を振り返って語ってくれるわけですが、

それよりなにより、妻の恵美さんの強い意志と心根が本当に心洗われるようで、

あの事件云々より彼女の事の方が気になったので、

そこにフォーカスしてみたいと思います。

 

『しくじり先生 宮崎謙介元議員』回の出演キャスト

 

00-04 キャスト

 

高山 一実(乃木坂46)

高橋 ユウ

梅沢 富美夫

北斗 晶

杉浦 太陽

澤部 佑(ハライチ)

 

若林 正恭(オードリー)

吉村 崇(平成ノブシコブシ)

 

宮崎謙介元議員のプロフィール

 

典拠:公式ホームページ

名前: 宮崎 謙介(ミヤザキ ケンスケ)

通称: 宮崎元議員

生年月日: 1981年1月17日(39歳)

出身地: 東京都新宿区

活動分野: 
自由民主党議員(元)、
会社経営者(株式会社ネオトラディション)、
コメンテーター

元職業・肩書き: 
日本生命保険社員、
人材派遣会社インテリジェンス(現:パーソルキャリア)社員、
ドリコム(IT)社員、

身長: 188㎝

体重: 80 kg

血液型: O 型

出身校: 
早稲田大学高等学院、
早稲田大学商学部、

 

金子 恵美議員のプロフィール

 

典拠: アエラドット-朝日新聞デジタル

本名: 金子 恵美(カネコ メグミ)

通称: 金子議員

生年月日: 1978年2月27日(42歳)

出身地: 新潟県西蒲原郡月潟村(現:南区)

活動分野: 
元自由民主党議員、
総務大臣政務官、
現県議会議員、
市議会議員、

元職業・肩書き: 
新潟放送非常勤職員、
フリーライター、
新潟県きものの女王、
ミス日本関東代表、

身長: 168㎝

血液型: O 型

出身校: 
月潟村立月潟中学校、
県立三条高等学校、
早稲田大学第一文学部文学科演劇専修卒業

 

経歴や肩書きだけで言うなら、国会議員で、高学歴で、イケメンで、長身で
・・・文句のつけようのない方ですよね。

典拠: 公式選挙ポスターより

・・・とある事件までは。

 

筆者は当時、仕事柄もあって、このニュースの成り行きをTVの傍らでずっと見ていました。

今回こうしてご夫婦がTVで当時の自分たちを語っておられるのを見て、

夫が妻に対する姿勢、

妻が夫に対する姿勢、

家族の一員であるという姿、

家族で支え合うという姿、

渦中の友人・知人を親切ぶって近づいて売るという行為、

世間で非難・批判されている対象だからと、誇張したり、面白おかしく書いたり、より悪く見えるように報道するマスコミ各社、

それによって何も悪い事をしていない(今回の場合はむしろ被害者)家族まで追いつめてしまうという真実、

そして本当に困っている人を、困っている時支えたいという意志、

色んな事を感じました。

特にマスコミとしての姿は、かつて自分が身を置いた世界なので、いつも色々考えさせられますが、今回、より深く考えさせられた気がします。

 

では、遡って、
そもそも宮崎元議員は一体どんな活動をなさっていたんでしょうか?

 

宮崎謙介さんの、
国会議員時代の軌跡と活動の概要

 

2012年、第46回衆議院議員総選挙出馬…初当選を果たします。

01-01 衆議院初当選

 

 

2015年5月、同じく早稲田出身の議員、金子恵美衆議院議員と結婚。

01-02 結婚

 

ちなみに、宮崎さんは、2006年、
加藤鮎子さん(当時、加藤さん本人のお父様の議員秘書として働いておられた)と結婚し、3年後離婚しておられるので、金子議員とは再婚になります。

加藤 鮎子議員

ちなみに加藤鮎子さんは、父の元:自民党幹事長加藤絋一さんの娘!

親子で国会議員のサラブレッド。

 

話を戻して、

金子議員との結婚当時は、美人過ぎる国会議員と結婚したという事で、ちょっとした話題でした。

美男美女だと思いますけどね!

 

8月に妻:金子さんの妊娠が発表されると、「男性にも育児をする環境を」という事で、自らが、見本・代表となって育児休暇を取るつもりで、『男性の育休』を推し進めていました。

 

国会議員、しかもイケメンの議員がそんなプランを打ち出したもんで「イクメン議員」として賛否両論あったものの、先進的な活動として世間は見守っていました。

 

 

しかし妻の妊娠発表から半年程経った2016年2月、
週刊文春が、宮崎議員の不倫を大々的に報じます。

 

その内容は、LINEで宮崎議員がその女性に送った、なかなかにふざけた内容が公開されるというリアルなものでした。

当時の事が詳しく知りたい方はこちら!

404 NOT FOUND | にぎわす.com
洋画・海外ドラマ俳優、セレブから、お笑い芸人まで ・・・ サラっとズバっとCheck it out!!

 

奇しくも、その報道は妻金子議員の出産から、数日も経っていないという残酷な時期でした。

 

「イクメン」をメインに押し出していた議員の、あまりにひどい行いに、世間は大激怒。

 

結果として、自身の解任決議を本人自ら、国会内で受け取り、一人で退室という前代未聞の結末となりました。

 

と、いう事で宮崎さんのテーマは
『不倫をして、人生を台無しにしないための授業』でした。

 

 

宮崎謙介元議員が語る、
例の不倫相手女性との出会い

 

その時の事を深々と謝る宮崎元議員。

ちなみに、あれだけ推し進めていた「男性の育休は」そんな事態のため、言い出した本人は一度も取る事なく辞職になったため、『まぼろしの育休』になったのだとか!

 

逆に価値が出そう・・・『まぼろしの育休』(笑)

 

経験者は語る!
男が不倫をするメカニズム

 

 

そもそも高々34歳・・・

議員としては若造も若造だった宮崎さんが、一躍有名になったのは、

2015年美人過ぎると話題になるほどの美人:金子恵美議員と結婚したからでした。

02-02 美人すぎる議員と結婚

 

金子さんも、高学歴の才女!

地元新潟では、「きものの女王」に選出されたり、
東京へ出てきてからも「ミス日本の関東代表」に選ばれた事もあるほどの、文句なし才色兼備な女性!

 

妻の妊娠期間中には、夫婦でこんなに美しい写真をとり、とっても幸せそう。

 

 

そして宮崎議員の心には「男性も育児休業を取りやすい社会にしたい」という思いが生まれます。

02-04 育休推進

今や、男性以上にバリバリと働く女性などザラに居ますもんね!

なんならお給料だって、嫁さんの方が稼いでくる場合もザラな世の中ですもんね!

 

 

そして「育児休業の推進をしよう」と、
「自分が先頭に立って、まずはそのための勉強会をしよう」とプランニングしていたところ、

なんとその情報が先にマスコミに漏れてしまいます。

 

しかし内容が内容なので、
宮崎議員は一躍 “イクメン議員” と、持て囃されるようになります。

宮崎さんがしでかしてしまった事はともかく、これ自体は本当にいいことだもんね!

 

このまま前進してほしかった・・・。

 

しかし事の発端はこれからでした。

 

世は2016年、夫妻にとっては結婚した翌年の新年!

宮崎さんが所属していた自民党では、新年初で国会に赴く際、
着物を着て初国会に出るという習わしになっていたという。

 

党が手配してくれた着付け師の方が、着物を着付けしてくれる手筈になっていました。

 

そこに現れたのが、件の女性!

たくさんのベテラン着付け師の中に、
たった1人だけ居た比較的年の若い着付け師の方でした。

この女性の実際のお姿や、
当時の記事が知りたい方はコチラ

 

その女性が、別に指名したわけでもないのに、宮崎議員の担当となって着付けをしてくれたという。

宮崎議員としては「若い子に着付けしてもらえる、ラッキーだ」と思って、
せいぜい挨拶をし、着つけてもらって終わった程度だったという。

 

ところが数日後・・・

なんとその女性は、Facebookにメッセージを寄越してきた。

 

宮崎議員、出身は東京ですが、

出馬は「小さなころからゆかりがあった地」という事で、京都の選挙区から。

そんな関係で和装文化を守りたいという活動も当時行っていました。

 

 

その宮崎議員に、その女性は、真面目で長いメッセージを送ってきたという。

「私は着物・・・和装を愛していて、こういった活動も行っており、
これからも頑張っていきたいと思っています」
というような内容であったといいます。

 

・・・東国原さんの知事時代みたいに、もう政治家を陥れる専門の仕事の女性に思えてならない・・・。

議員には、足元をすくいたい同僚や、ライバル政党から、ありとあらゆるお金の罠やハニートラップが仕掛けられる。

県知事時代の東国原さんにかけられた、
数々のハニートラップが知りたい方はコチラ

 

そのメッセージに返信し、しばらくやり取りしていた宮崎議員。

 

ついにその女性に「あなたの電話番号を教えて貰えませんか?」とメッセージしてしまう。

仕事の移動中に電話したり、合間に暇つぶしでLINEをするような関係になってしまったという。

 

そして時間軸にして、
最初に着付けをしてもらってから、2週間後には・・・

都内のホテルで不倫、という事態になってしまいます。

 

早い・・・

早すぎる・・・

 

宮崎議員曰く、当時育児休業の事で毎日さんざん世間から叩かれており、ひどいストレスがあったのだそう。

 

確かに当時宮崎議員に対しては
「育休も、男性の育児参加も素晴らしいことだけど、
国民に選ばれて議員になったのに、給料貰って、
ドーーーンと休むなんて事があっていいの?」
などと、

自身の育休プランについても、議論が持ち上がっており、

一言に「育休、おすすめ! 男性も取るといい!」とは言い難い雰囲気がありました。

 

とはいえ、「本当に申し訳ございませんでした」と謝る宮崎さん。

 

「イクメン議員しとして注目されているさなか、
不倫がばれたらとんでもない事になる・・・」

 

そう思った宮崎さんは、相手の女性に、

「京都の自宅に来ないか?」と伝えます。

 

※ちなみ当時撮られた写真から拝察するに、
この京都の自宅ドア前で二人バラバラの姿が激写されているので、
彼女がタイムリーでそこに来ている事も筒抜けだったという事ですね!

リーク出所が限りなく限られてしまいますね。

 

その時、妻金子さんはすでに身重・・・。

出産まであと数日です。

 

宮崎議員は「僕もこれから父親になり、襟を正して、家族とこの国を守っていこう」と思った矢先、週刊文春の記者が宮崎議員に電話をかけてきます。

 

「xxxという女性、ご存じですよね?」

 

あわてた宮崎議員は「知りません、大事な時期だから」と答え、電話を切ります。

 

すでに動揺が始まり、仕事など手に着きません。

心の中では「終わったな・・・」と思っていたそう。

 

・・・何も知らない、妻金子さんは、
切迫流産の可能性もあって、少し早めに都内の病院に入院・・・

出産の準備に入ります。

 

2月5日、朝。

ついに生まれたのは、元気な男の子。

そして夜9時、病院の前で、記者に直撃されます。

 

そこで、やっと宮崎議員は、奥さんに不倫を打ち明けることを決意します。

 

当日、出産を終えたばかりの時に、なぜ? と思いますが、

スキャンダルとかいうものは、翌日・翌々日になるともっと事態は悪くなるものなのだという。

「傷は早いうちに、止血しないと・・・」と思ったという。

 

驚くべきことに、このあたりから、

パニック状態であった宮崎さんは、あまり覚えていないという。

時系列も含めて、よく覚えていないのだという。

 

記憶が曖昧な宮崎さんの代わりに、
妻:金子さんがスタジオに登場!

 

そして、その時の確かな記憶がある人がたった一人いますよね?

そう、妻:金子さんです。

 

今まで夫:宮崎さんが喋っているのを、スタジオの裏で聴いてたそうで、

「どんな顔して出てくればいいのか、私もどうかしているな」と思って出て来て下さったそう!

 

妻:金子恵美さんが語る、
不倫騒動の時系列

 

03-01 タイトル

では、以下からが、金子議員の記憶も加わった、時系列です。

 

宮崎議員が、病室に居た金子議員に不倫や週刊誌の事を知らせたのは、
なんと、産後わずか19時間後の事だったのだとか!

金子議員にとっては、世界で一番幸せな日が終わったかと思えば、

日をまたいで、心が引き裂かれるような日がやってきたわけですね・・・。

 

・・・というのも、

16年2月5日朝8時に赤ちゃんが生まれ、それに立ち会った宮崎さん。

その後、公務で京都に向かった宮崎さん。

 

本来ならその日のうちに戻るという約束でしたが、なかなか戻ってこない。

「早く一緒に名前を決めたいのになぁ」と思って待っていたそう。

 

それもそのはず!

午後9時に直撃取材を受け(この時の夜の映像はまだ残っています)、

ひどく動揺していた宮崎議員。

そのあと、病室の前に夫の気配を感じるものの、なかなか入って来ない・・・。

なかなか部屋に入れない夫・・・。

 

終電で京都から東京に戻り、そこからタクシーに乗り、
日をまたいで深夜になってから、やっと病室に現れた宮崎さんは、
顔面蒼白でゾンビのような顔をしており、どうにも的を射ない、とりとめのない話を延々と続ける様子を、金子さんはいぶかしく思い、さすがに「ほんとにそれだけ?」と尋ねたのだそう。

 

そもそも金子議員は、切迫流産の懸念もあって早めに入院されていて、やっと無事に生まれたばかり・・・

本来ならそんな、他人を気遣う状態じゃないでしょうにね・・・。

 

すると宮崎さんは突如、

「不祥事を起こした政治家の子どもは、将来どう思うかな・・・」などと言い始めます。

 

ひどく遠回りすぎて、逆に怖いですね・・・。

 

「お金で何かしたのか」と問う妻に、首を横に振る夫。

 

続けて、「薬?」と聞いたそう。

政治家にとって、法を犯すというのが一番怖い事なのだそう。

しかし、夫はまた首を横に振ります。

 

そして、「女性関係?」と聞くと、

次の瞬間・・・宮崎議員は、その場に倒れこむように土下座をしたのだという。

その場に崩れ落ち、土下座・・・そのまま謝罪をしたという。

 

 

しかし金子議員はこう言います。

「これからどうしよっか?」

開口一言目がこれ?!

すごい冷静さ!

 

スタジオで、「離婚しようとは思わなかったのか?」と尋ねられると、

それについては全く考えなかったのだそう。

 

北斗晶さんが言うように、

出産とは、女性にとって命がけ!

その日は、看護婦さんに赤ちゃんを預けてでも、とにかく女性を休ませないといけない夜。

 

そんな日にどうして・・・と思いますが、金子さんに言わせると、

「そんな私より、目の前に顔面蒼白な人が居たので、
一緒に乗り越えていくしかないという事態で・・・
これからどうしようか、という状態だった。」

との事。

一緒に過ごしてきた時間や、尊敬していた部分があったので、離婚という考えには思い至らなかったとの事。

 

金子さんは言う。

「むしろ私がずっと助けてもらっていたので、
今度は私がこの事態を一緒に乗り越えていこう、という風に思った」
と続けた。

 

できた嫁さん!

 

スタジオからも「すごいすごい・・・素晴らしい!」とコメントが来る中、
夫:宮崎さんは「むふふ! どうです、うちの嫁!」みたいな得意げな顔をしているのがちょっと気になりますが(笑)

 

 

金子さんにしてみれば、

「妻である私になんてことをしてくれたんだ!という事より、

1回の過ちで自分の努力を水の泡にして、
応援してくれた人の期待を裏切った事の方が気になった」という。

 

感心しまくるスタジオに、

「根っからの政治家というのはこういう発想になるのだ」と静かに解説する宮崎さんに、

「やかましいよ!
どの口が言ってんだ!
急に入ってくるな!
お前には言われたくない!」
という怒号が飛ぶ(笑)

いいヤジ!

 

そして迎えた、出産から5日後・・・週刊誌は発売される。

当然、国民からは大バッシング!

 

しっかし、週刊文春も人が悪いね!

出産したその日に、病院に現れたり、

赤ちゃんの居る家をずっと見はったり・・・

 

宮崎さん、番組内ではただ「文春が待ち伏せていた」とだけ言ったけど、

その後ワイドショーでさんざんやられたLINEの内容だって、

女性が公開しなきゃ絶対表には出ないはずのものなんだから、

文春の活躍だけじゃないでしょ?

 

相手女性が売らなきゃ、こんなおおごとにもならなった事は確かですよね。

 

 

以後、宮崎議員の元には、ありとあらゆるバッシングが届くようになる。

支援者からは、「一度死んだ方がいい」「一度じゃなく、何回も死ね」とも言われたのだとか。

安倍総理には、マスコミ向けに「議員である前にしっかりと人間として襟を正していく必要があるだろう」とコメントさせてしまい、

ワイドショーでは「死になさい」と言われ・・・

とにかくそれくらいの怒りを買ってしまった事を理解したという。

 

ちなみに、この後何年も、金子議員は「あの時、離婚を考えなかったのか?」と質問される事になりますが、

「仕事に対する尊敬と、彼のパーソナリティー・男性の友だちが多く、後輩からも慕われていると比較した時、(不倫自体は)裏切りかも知れないが、それを超えるものがあった」と答えている。

 

また、「息子から父親を奪う権利はないな」とも思い、離婚は考えなかったという。

・・・世の悪い旦那さんから必死で耐え忍ぶ嫁さん達に、そういう意見を押し付けようとかは全く思いませんが、ほんとにできた嫁さん!

 

そして、週刊文春発売から、2日後・・・

マスコミも集まり、その様子がTV中継される中、謝罪会見を開く事になった。

全ての責任を取って、議員辞職をする覚悟で居たという。

 

ここで、初めて金子議員が語ったのは、

 

この日の朝・・・

金子さんはなんと、病院を抜け出し、夫に会うため議員宿舎に戻ったという。

 

なんでも、謝罪会見を行う前に、どうしても会っておきたかったのだという。

「夫は議員辞職するだろう、と思っていたので、
議員である内に一度しっかりと会っておきたかった」と。

 

忘れてますけど、まだ産後1週間ですよ!

 

しかしながら、議員の進退というのは個人で勝手に決められるものではないので、
宮崎議員は、上の人達としばらく話し合った後、金子議員の待つ部屋へ戻ってきて、
「辞職を認めて頂きました」と言って、その場で泣き崩れたという。

 

志半ばで議員を辞める事、

自分に投票して下さった方々に申し訳ない、

などそんな様々な思いが交錯して、溢れて、泣いたのだそうです。

 

ちなみに、ここでいう「上の人」というのは、もう総理とかそういった人に近い立場の人々だという。

朝イチからそれらの方々が集まってくれて、どうすればいいのかを話し合ってくれて・・・その携帯の向こう側に総理が居たという。

 

悔しかったでしょうね・・・。

どんだけ努力して、どれだけ素晴らしい事に労苦したとしても、たった一度の失敗で立場も功労も名誉もなんもかんもなかったことになるんですからね・・・

 

そう考えると、日本社会は厳しいですね。

他の国だと、たった一度のミスで、すぐ辞職とか、引退だとか、そういうのは法を犯さない限りはないですもんね・・・。

 

そして、これから会見に向かう夫に、妻:金子さんは

「洗いざらい話してきなさい」と伝え送り出したという。

 

そこで批判も何もかも真摯に、素直に認め、

質問は全てしっかり受け止めて、

金子さん自身も後から他の人から聞きたくはないので、

「全部、洗いざらい話してきなさい」と言いました、との事。

 

そして迎えた謝罪会見

 

 

謝罪会見には、多くの報道陣が集まった中、

宮崎議員は長く低く頭を下げ、

「深く深くお詫びを申し上げます」と述べた後、

「ひとことで申し上げると、人間としての欲が勝ってしまった。

どうにかして誤魔化せないもんだろうかと、考えてしまいました、正直なところ。

やはり、議員辞職が一番けじめになるか、と思った次第であります」

と述べ、

2016年2月12日・・・辞職を表明。

 

その後、辞職届を衆議院議長に提出し、

4日後の2月16日・・・衆議院本会議に出席。

 

宮崎議員の辞職には満場一致で「異議なし!」の声があり、

辞職は許可されました。

 

宮崎議員は深く一礼。

 

そして、直後、だれとも言葉を交わすことなく、部屋を去っていきました。

 

辞職が許可される会議に、本人が出席しているなんて初めて見た方も多いのではないでしょうか?

それまでなら、周囲の白い眼に耐えられず、当事者はほとんどの人が欠席していましたもんね・・・。

すごい勇気だと思いました。

 

身を持って痛いほど経験!
宮崎元議員から、
不倫願望のある既婚男性にアドバイス!

 

「不倫相手を誘う前に、
もう一度大事な人の顔を思い浮かべてみよう」

 

ここで、杉浦太陽さんから、質問が。

「親の立場から質問なのですが、今の時代ってネットに何でも残ってしまうじゃないですか? 子どもさんが大きくなって、それを見てしまったとき、どう説明するのかな、と。」

 

それに対して、宮崎さんの方は、


「子どもが、どのようにこの事実と向き合うのかについては、正直言って想像もつかない。

だけどもやっぱり、それまでの間に、子どもとしっかり向き合って、1日1日大切にやっていくしかないのかな、と思っている」
との事でしたが、金子さんの意見はまた別でした。

 

被害者であり、母である金子さんは、

「私は実は、子どもがその事を知った時に・・・
あるいは、学校の友達に言われていじめられる事があったとしても、

『あなたのお父さんは、過ちを犯してしまったかもしれないけれど、その事を素直に認めて、真摯に向き合って、しかるべき対応を取って、潔くけじめをつけた。立派な事をしたよ』と私は子供に言ってあげたい、と思っていますし、

 

子どもは子どもで、そんな事で負けるような、
くじけるような子に育てないのが、私のこれからの役割かな、と思います」
と回答し、スタジオに息を飲ませていました。

 

自分が親になった時、どん!と構えて、そんな風に対応できるかしら、と考えてしまいますね。

聖母マリアみたい。

 

しかし不倫の代償は大きく、議員は辞職・・・・
こうして国会を後にする事になった宮崎さん。

 

 

こりゃあんまりだろ!
議員辞職後の宮崎さんの末路が気の毒すぎる

 

 

 

国会議員から、一気に無職という扱いになり、
完全に引きこもり生活になってしまった宮崎元議員。

 

妻の金子さんがまだ議員であったので、宮崎家はまだ議員宿舎に暮らしていたのですが、
そんなところに居れば、他の議員と出会う事もあり、ひどく肩身の狭い思いをする事に・・・。

 

誰かに会った際には、もちろんわざと明るく振る舞ったという。

 

しかしそんな暮らしの中にも、時には宮崎さんに、元の議員仲間から励ましの電話が来る事があったという。

苦境の自分を心配して、電話をくれる元同僚。

そんな時の宮崎さんは、本当に嬉しそうに、近況を話していたという。

 

けれども電話を受けた翌週には、その電話口で語った内容がそのまま週刊誌に乗ったという。

 

それは一言一句細部に至るまで出ていたといい、
後で、よくよく思い出せば、誘導尋問をしてきていたという。

例: 
元同僚「合コンとかも行きたいだろ?」

宮崎「いや、もうそんな気分じゃないよ」

元同僚「いや、すっきりするぞ」

宮崎「あぁ、まぁ合コン行きてぇかな」と答えれば、

雑誌の見出しには「ゲス本音。主夫は飽きた。合コン行きて~」と書かれた。

 

 

身から出た錆とはいえ、宮崎さんは信頼していた人々からも裏切られ、心を閉ざし、だんだんと追い込まれていきました。

結果、宮崎さんは対人恐怖症・・・

気分転換に外に出る事も怖がり、
後ろに人が居るだけで、ビクっとなりおびえるようになったという。

 

更にストレスで、自律神経がおかしくなり、
呂律が回らなくなり、顔の左半分が動かなくなるという顔面麻痺に。

 

そしてある日、突然、奇声を上げて、5階の議員宿舎の窓に足をかけ、飛び降り自殺をしようとしました。

そんな宮崎さんを、金子さんは必至で止めていたという。

 

けれども、宮崎さんの記憶には、それは全くないのだという。

当時の事はまったく覚えていないという。

「なんであんな事をしてしまったのかと、悔いても悔やみきれない」という思いから、そんな行動に出てしまったのでは・・・と振り返る。

 

「生まれたばかりの赤ちゃんを抱え、

壊れていく夫を必死にくい止め、私も心がだんだんと弱っていった」という金子さん。

 

そんな時、夫婦を支えてくれたのが、金子さんの実母:玲子さんだったという。

 

実は宮崎さん、不倫がマスコミにばれた時、
妻である金子さんに伝える前に、金子さんのお母さん:玲子さんに先に相談していたという。

 

「週刊誌に今追われていて、恵美さんにはどのように話をしたらいいでしょうか」と話す宮崎さんに、

娘:金子恵美さんの性格を小さな頃からよく知っているお母様は
「あいつは、隠し事、嘘をつかれるのが一番嫌いだから、全部包み隠さず話しなさい」
とアドバイスしたという。

 

騒動が明るみに出ると、母:玲子さんは、新潟から東京の金子さんたちのところに来て、
身を寄せ、必死で夫婦の身の周りの世話をしてくれたという。

 

その後、産休の終わった金子さんは、再び国会議員として復帰。

 

しかし翌年、衆議院は解散。

金子さんは10月の選挙で、自民党公認で立候補したものの、結果は落選。

 

宮崎さんは「自分のせいで、妻が選挙に落ちてしまった」と思ったという。

けれども金子さんは
「でも、選挙というのは、候補者本人の力。
だから、落選の原因は、夫の事だけじゃないと考えている」と。

 

けれどもこの選挙結果を受けて、
今度は金子さんの家族から宮崎さんは責め立てられる事になる。

特に、金子さんの二人のお姉さん達は、今でも宮崎さんの事を許していないという。

 

金子さんは「姉たちの気持ちもわかります」と続け、

 

「でも、私は姉たちにこう伝えた。

『私は宮崎家に嫁いだ人間です。
彼を受け入れてくれないなら、縁を切って貰っても結構です』
と。」

 

「視聴者や、スタジオの皆さんの中には、
『この女何言ってんだ』と思われる方も沢山いらっしゃると思います。

しかし、人は過ちを犯してしまう生き物です。

私が思うに、大事なのは失敗を犯す事ではなく、失敗からの立ち直りが大事だと覆う」と。

 

不倫で人生を棒に振りかけた宮崎謙介の
教訓がすばらしい

 

あの事件から、もうすぐ3年・・・

あの騒動の中で生まれたあの赤ちゃんも、すくすくと成長し、まもなく3才が来るという。

今は家族という小さな幸せを噛み締めながら、日々暮らしているという。

 

不倫で人生を台無しにしかけた宮崎さん。

 

その教訓の中で、宮崎さんが学んだ事は、

「自分が一番つらい時に、手を差し伸べてくれた人こそ、
自分が一番大事にすべき人」

 

宮崎さんが、イクメン議員として有名になった頃、人生の絶頂を迎え、
たくさんの人が彼を持てはやし、頑張れ頑張れと応援してくれたという。

だけどバッシングが始まると、みんなサ~っと引いていったという。

「仲間だと思っていた人にも売られました。

残ったのは、隣にいる妻と、家族と、一部の昔からの友達、
そして助けてやろうと声をかけてくださった方々だけだったという。

そういう人に支えられて、今やっと宮崎さんは前を向いて居られる」という。

 

・・・そういう言い方をすれば、周囲の人が風見鶏か宦官びいきみたいか、
みたいに聞こえますが、

「世の中のために頑張ってる、いい人間だ、議員という立派な人間だ」と思われてる内は、
誰だって助けてくれるでしょう。

 

けれども、そんな彼がしてしまったのは、

「家庭の見方」みたいなたすきをかけて、
身重の嫁さんを傷つけ、
みんなに信頼して一票入れてもらったのにそれを裏切り、
血税をふいにしてしまったのだから、

みんなそっぽも向きたくなったというもんでしょう。

 

けれども同時に、

宮崎さんは気の毒なくらいの道を歩み、それ以上の目に遭い、
それでも、一部の週刊誌やネットの書き込みの様に
「いや、口だけだよ、反省なんてしていない」と口を出す人々が居るとするならば、

「事後、仕事もなくなり、精神を削り取られるような目にあって、
それでも反省していない奴」
なんて、逆に大馬鹿でないと無理でしょうに。

 

悪さしても、そんなに反省も痛みも、バッシングも、なんにも感じないような人間が自律神経なんて病まないでしょうし、彼はそこまでのバカでないと感じます。

※この場合のバカは、学歴とかそういう事ではありません。
そもそも早稲田なんて、すごいカシコですしね・・・。

猛省したのだ、という事も世間は知っておかないといけないなと思いました。

 

スキャンダル起こした時は、いっぱい報道してくれますけど、
反省している姿などは、あんなに派手にマスコミはたかってくれませんからね・・・。

 

そんな宮崎元議員・・・

不倫という形で、選挙区の京都を裏切ってしまったのに、

この間京都の、とある祭りに招待されたという。

 

「一緒に神輿を担ごうぜ」と誘ってくれたんだという。

 

「それは、涙が出るほど嬉しかった・・・。

『罪悪感ととことん向き合ったあとには、、
前を向いてしくじりを糧に、新たな一歩を踏み出す』
・・・そうしない限りは、裏切った方々に再び認めて頂くチャンスなど訪れない。

反省を重ねた意味がない」と語る、宮崎さん。

 

金子さんが代わって、

「宮崎家にとっては、一周回って、
あのことは起こって良かったことなんだなぁとすら、最近私は思っています。」
と、告げると、

 

宮崎さんが

「『私たち』」と訂正し、続けます。

 

「やっぱりあのまま(スキャンダルを起こす前のように)有頂天で、
何もないまま議員を続けていたら、どこか地に足のついていなかった自分が居たので、

もしかしたら、もっと偉くなった時にとんでもない、
もっともっと大きな裏切りをしたかもしれない、というのがあるので、

それを早い段階で気づかせて貰えたという事に、一周回って感謝しています。

 

なので謙虚な気持ちを持って、近くに居る人達に感謝の気持ちを忘れず、

これからの人生、歩んでいきたいと思っております。

 

ご清聴ありがとうございました。」と結びました。

 

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いや~・・・

ある種、なんか神を見たような気がします。

 

妻の金子さんの心持ちがすごすぎる・・・。

 

いくら旦那さんとはいえ、自分のせいで職も名誉も精神のバランスすらもなくなっていった方・・・しかも自分は裏切られた立場・・・

それがもし自分だったら「離婚せず支えてゆく」って事ができるかな・・・って考えてしまいますね!

典拠: News ポストセブン

筆者は未婚ですが、多分ああいう心持の人じゃないと、結婚は無理なんだろうな・・・ってつくづく感じました。

 

太平かつみ&さゆりさんの回の時にも思いましたが、

もし結婚しなきゃならなくなったら、あんな嫁さんになりたいもんです。

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すばらしい嫁さんに支えられ、「家族が大切」と思える幸せを手に入れて、

もう議員じゃなくなったけど、けれどもそういうのが一番本当は幸せなんだよな・・・。

 

きっと宮崎議員は今が一番幸せだろうな!

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