こんにちは、「にぎわす.com」の Cocoです^^
今回BSプレミアムでも始まりました、本国では大人気のモースシリーズ!
『主任警部モース』
(原題: Inspector Morse)
惜しまれつつ一昨年亡くなりました、
イギリスの推理作家:コリン・デクスターの作品ですね!
今回は、なんでもHDへのリマスター版で放送です!
その中から今日は、
主役モース警部役
ジョン・ソウ
をピックアップしてみたいと思います!
残念ながら、主役であるモース警部を演じた、ジョン・ソウも亡くなっては居ますが、忘れ形見もお父さんの残した作品でしっかりと活躍中ですよ!
さて、ジョン・ソウとはどんな役者さんだったのでしょうか?
『主任警部モース』のメイン出演キャスト
モース警部役ジョン・ソウ
・・・(日本語吹き替え:横内 正)
ロビー・ルイス巡査役ケヴィン・ウェイトリー
・・・(声優:岩崎 ひろし)
ストレンジ警視役ジェームズ・グラウト
・・・(声:岡部 政明)
マックス・デブリン役ピーター・ウッドソープ
グレイリン・ラッセル役アマンダ・ヒルウッド
ローラ・ホブソン役クレア・ホルマン
ジョン・ソウ プロフィール
名前: John Thaw(ジョン・ソウ)
本名:
John Edward Thaw(ジョン・エドワード・ソウ)
生年月日: 1942年1月3日(享年60 歳)
出生地: 英国マンチェスター・ゴートン
出身地: マンチェスター・バーナッジ
活動分野: 俳優
出身校:
Ducie Technical High School(男子校)、
Royal Academy of Dramatic Art(RADA)
身長: 175.3 ㎝
好きな音楽: クラシックミュージック
母:ドロシー・アブロット
父: ジョン・ソウ(長距離トラック運転手)
弟: レイモンド・スチュアート
元妻: サリー・アレクサンダー(活動家・舞台マネージャー、大学歴史教授)
妻: シーラ・ハンコック(女優)
娘(長女): アビゲイル・ソウ(女優)
娘(次女): ジョアンナ・ソウ
娘(養子): メラニー・ジェーン
えっ!? パン職人? ジョン・ソウの生い立ちと学生生活
ジョン・ソウは1942年1月3日にイギリス、マンチェスター、ゴートンで労働者階級の両親、母ドロシーと長距離トラック運転手だった父ジョンとの間に生まれました。
7才の時に母親が家を出て行ってしまった為、少年時代はかなり苦労をして育ち、その後、二度と母親とは会っていないそうです。
高校は男子校であるデュシー工業高校に入学、そして中退。
その後はパン職人として働きました。
しかし、学校でジョンの演技を見た教師の勧めで、王立演劇学校(RADA)のオーディションを受け、16才で見事入学を果たしました。
ジョン・ソウの俳優デビューと『Into the Blue(原題)』などの過去出演作品
王立演劇学校を卒業後すぐに、リバプールプレイハウスで『A Shred of Evidence(原題)』と言う作品で正式にデビュー、劇場と契約を結ぶことが出来ました。
最初の映画は、トム・コートネイ主演の『長距離ランナーの孤独(原題:The Loneliness of the Long Distance Runner)』(1962)のちょい役。
同じく1962年にデビッド・ターナーの作品で、かの、ローレンス・オリビエが主役をつとめた劇『Semi-detached(原題)』に出演しました。
1963年から1964年にかけてはBBCの警察ドラマ『Z-Cars(原題)』のいくつかのエピソードに刑事巡査の役で登場。
そして、遂に!
1997年、テレビ映画『(原題)Into the Blue 原題』で主演を果たしました。
ジョン・ソウの代表作
ジョン・ソウがイギリスでスターとしての地位を確立したのが、テレビシリーズ『ロンドン特捜隊スウィーニー(原題:The Sweeney)』(1975-1978)のジャック・リーガン役でした。
フライングスクワットチームの百戦錬磨の探偵検査官を演じ、このシリーズは2つのスピンオフの映画が出来るほど人気シリーズになりました。
そして今回BS プレミアムで始まりました、イギリスで大人気の刑事ドラマ『主任警部モース(原題:Inspector Morse )』のモース警部役で大成功を収めます。
『主任警部モース』の原作はコリン・デクスターの推理小説。
イギリスでは、1990年に「好きな探偵」第1位に選ばれるなど、小説上の名探偵として有名なシャーロック・ホームズと並ぶ人気です。
シリーズは1987年から始まり、全33エピソードが15年以上に渡り放映されました。
最終回はイギリスの人口の約3分の1である1800万人の人が見たそうです。
1999年にはモース役で全国テレビ賞「最も人気のある俳優」を受賞し、2つのBAFTA賞も受賞しました。
ジョンは2001年の大手新聞『ニューヨークタイムス』のインタビューで
「主任警部モースのショーは、私の最大の夢をはるかに超えた、
驚くべき大成功を与えてくれた」引用元 The New York Times
と言っていました。
これほどの大成功を収めたジョン・ソウ、
1993年3月には、エリザベス女王2世から、大英帝国最優秀司令官として表彰。
2006年9月、「過去50年間のテレビの最も優れたスター」でデビッド・ジェイソンとモアカムとワイズに続き第3位に選ばれています。
『主任警部モース』とは?
モース警部が視聴者を魅了したのは、豪快なアクションや複雑なあらすじなどではなく、風変わりなモースのキャラクターでした。
モース警部は
- オックスフォード大学を卒業
- クラシック音楽を愛す
- 不精
- 法医学を無視
- 血を見るのが苦手
- お酒を飲みすぎる
- 真っ赤なジャガーを運転
すごいキャラですね!
ジョン・ソウは足引きずっているけど、傷があるの?
ところでモース警部は少し足を引きずっていますが、あれは演技なのか、それともジョンが本当に足が悪いのか?
オリジナルの小説の中のキャラクターが少し足を引きずっています。
しかし、インターネット上には、ジョンが子供の頃にポリオにかかったとか、撮影の最中に足を折ったのが原因だとか、面白い理由がたくさんありますよ。
妻のシーラ・ハンコックの自伝によると、足の悪かったお祖父さんの真似をしているうちに歩き方が変になったらしいです。
と言うことは、これが正解でしょうか。
モースを辞めた後はどうしたの?
モースを辞めた後は、2001年に
- テレビドラマ『The Glass(原題)』
- テレビ映画『Buried Treasure(原題 』
に出演しています。
ジョン・ソウのプライベートに迫る! 誰と結婚したの? 妻の名前は?
1964年にフェミニスト活動家で劇場のステージマネージャーだったサリー・アレクサンダー(現在、ロンドンのゴールドスミス大学教授)と結婚。
娘アビゲ-ルが生まれますが4年後に離婚しました。
再婚したの?二度目の妻は? 女優シーラ・ハンコックと結婚!
そして1969年、女優シ-ラ・ハンコックと運命の出会いを果たします!
が、その時、シーラは俳優仲間であるアレクサンダー・ロスと結婚していました。
それでもなんと、ジョンはシーラに愛を告白します。
しかし、不倫は出来ないとシーラに断られてしまいました。
1971年、シーラの夫が食道がんで亡くなった後、1973年12月24日に2人はサイレンセスターで結婚。
2002年ジョンが食道がんで亡くなるまで一緒に過ごしました。
夫が2人とも食道がんで亡くなるとはなんと言う因果でしょう。
ジョン・ソウには3人の女優の娘がいます。
アビゲール・ソウ: 最初の結婚、サリーとの子
ジョアンナ・ソウ: 2度目の結婚、シーラとの子
メラニー・ジェーン・ソウ: シーラの連れ子
メラニー・ジェーンは法的に苗字をロスからソウに変更することを選択したそうです。
妻も娘も『刑事モース』に出演!
ところでこのアビゲール・ソウですが、お父さんの演じたモース警部の若かりし頃を描いたドラマ『刑事モース〜オックスフォード事件簿〜(原題:Endeavour )』のドロシア・フラジル役で活躍しています。
二度目の妻、シーラ・ハンコックも『刑事モース』シーズン4、最終回にゲスト出演しています。
ジョン・ソウ、ガンと診断され死に至るまで
1995年に禁酒するまで大酒飲みで、12才からのヘビースモーカーでもあったジョンは、2001年6月に食道がんであると発表しました。
ガンの克服を期待し化学療法を受けましたが、2001年にガンが移転してしまいました。
『主任警部モース』の作者、コリン・デクスターはドラマの中でモースを心臓発作で死なせていますが、どうやらモースをジョン以外の誰にもやらせたくなかったらしい。
そして2002年2月21日、60才の誕生日の7週間後、ITVとの新しい契約にサインをした翌日、妻シーラの誕生日の前日に亡くなりました。
2002年9月4日に行われた追悼式には、チャールズ皇太子をはじめ、約800人が参加したそうです。
役者だけじゃないぞ! ジョン・ソウ基金設立!
ジョンは死ぬ直前に小さな慈善団体、ジョン・ソウ基金を設立し、彼の死後は妻シーラ、娘アビゲール、友人らによって運営され、恵まれない若者たちをサポートしています。
偉大な役者と言っても過言ではないでしょう。
ジョン・ソウは亡くなってしまいましたが、彼の残した作品は今でも英国民だけでなく、世界中の人々に愛されています。
ジョン・ソウが気になったら、
『主任警部モース』だけでなく、是非是非他の作品もチェックしてみて下さい!
益々好きになりますよ!
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